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白亜紀OAEにおける生物地球化学的応答と黒色頁岩の形成環境

ボナレリ層

白亜紀(1億5000万年〜6500万年前)は大気CO2濃度が現在より約一桁高く、地球温暖化が極端に進んだ「温室地球」の時代です。この時代には、数十%もの有機物を含む「黒色頁岩」が汎世界的に堆積した「海洋無酸素事変―OAE(Ocean Anoxic Event)」と呼ばれる劇的な環境変動が繰り返されました。約9400万年前の温室地球絶頂期には最大級の「OAE−2」は、海洋生物の主要な絶滅境界になっています。近年、OAEを引き起こした原因として、巨大火成岩区―LIP(Large Igneous Province)の形成が注目を集めています。一方、OAEを地球化学サイクルの擾乱現象と見なせば、そこで中心的な機能を担う光合成生態系の環境擾乱への応答を考えることが重要です。光合成生産に伴う地球化学サイクルの情報は、光合成生物の持つ炭素や窒素の安定同位体組成に記録されます。そこで私たちは、OAE−2の黒色頁岩から光合成生物の分子化石「化石ポルフィリン」を抽出し、化合物レベルで同位体組成を測定することで、当時の光合成生物の同位体情報を復元しました。これにより、窒素固定を行うシアノバクテリアが、OAE当時における主要な一次生産者であったことが明らかにされました。

DPEPという種類の化石ポルフィリンの同位体組成は、光合成生態系の平均的な値を反映していると考えられます。このDPEPの窒素同位体組成は、OAE−2の黒色頁岩(イタリア中部のボナレリ層:写真)全体を通して−7〜−5‰(δ値)であり、典型的な窒素固定生物のクロロフィル色素(−7〜−5‰)に一致しました。また、白亜紀の高い大気CO2濃度を考慮すると、当時の光合成生物は現在よりも低い炭素同位体組成(−30〜−26‰)を持つことが示唆されるにもかかわらず、DPEPの炭素同位体組成はむしろ比較的高い値(−21〜−18‰)を示しました。これは、光合成に際して基質CO2の細胞内への能動輸送や、phosphoenolpyruvate carboxylaseによる炭素固定の関与が示唆され、窒素固定シアノバクテリアのシグナルである可能性を支持するものといえます。従って、ボナレリ層黒色頁岩堆積時の光合成一次生産システムが窒素固定シアノバクテリアに占められていたことが強く示唆されます。従来の研究でも、堆積物の全窒素の同位体組成やシアノバクテリアの分子化石(2-methylhopane)などの有機地球化学的な証拠からシアノバクテリアの重要性が指摘されていましたが、今回の成果は、光合成生物の窒素代謝に関する証拠から、窒素固定シアノバクテリアが実際に量的に主要な生産者であったことを明確に示しました。

OAEの地球化学サイクル

窒素固定シアノバクテリアの活動は、海洋表層が硝酸に枯渇していたことを示唆します(左図)。これは、白亜紀OAEの海洋セッティングに関して、「海洋全体が成層し、深海に無酸素水塊が発達した」とする仮説と整合的ですが、逆に「湧昇の卓越による生物生産の拡大」が黒色頁岩形成の要因であるとする仮説とは相反するものです。海洋全体が無酸素になることによって有機物の分解速度が遅くなるだけでなく、我々の成果からは、LIP形成に伴うCO2の放出とそれに伴う環境擾乱(劇的な温暖化?)が海洋循環の停滞をもたらし、海洋表層における生物化学的プロセスを変化させ、黒色頁岩の堆積や生物の絶滅を引き起こした、というシナリオが示唆されます。つまり、環境変化に応答した海洋表層の光合成生態系の変化が、現在の石油の主な根源岩にもなっている黒色頁岩の形成や、生物の進化に重要な役割を果たしてきた大量絶滅現象において、決定的に重要な役割を果たしていたというわけです。


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Yuichiro Kashiyama, Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo