home profile research publication list links english


バクテリオクロロフィルの同位体分析による好気的光合成細菌の生態解明

紅色細菌とバクテリオクロロフィル

最近の研究では、海洋の光合成一次生産における光合成細菌の重要性が注目されつつあります。特に、好気的環境で活動する非酸素発生型の光合成細菌(Aerobic Anoxygenic Phototrophs;AAnP)のグループについては、一般的な海洋環境に広域に分布し、その存在量は微生物の全生物量の11%まで達することが分かってきました。また、紅色細菌のコミュニティーは遺伝的にも非常に多様性に富んでおり、海洋表層環境における生元素の物質循環に非常に重要な役割を果たしていることが想像されます。しかし、AAnPの生理生態はこれまでほとんど理解されておらず、AAnPが海洋でどのような生物地球化学的な役割を担っているかは、未だに理解が進んでいません。そこで私たちは、これらAAnPが合成するクロロ色素であるバクテリオクロロフィルとその分解生成物を彼らのバイオマーカーとして、特にその分子レベルでの窒素と炭素の安定同位体組成を分析することから、AAnPの生理生態を解明することを目指しています。

3Dクロマト

海水試料や懸濁物試料からバクテリオクロロフィルを抽出して分析することで、確実かつ容易にAAnPの細胞組織の窒素と炭素の安定同位体組成を知ることができます。また、堆積物中からは、バクテリオクロロフィルの分解生成物であるバクテリオフェオフィチンなどが検出され、過去の海洋中のAAnPの同位体情報も復元可能です。私たちのこれまでの研究で、様々な海域(ベーリング海、日本海、東京湾、相模湾、大槌湾など)や湖沼(琵琶湖)の表層堆積物中からバクテリオフェオフィチンを検出しており(左図)、海洋や湖沼中におけるAAnPの活動かなり普遍的なものであることが示唆されます。彼らは一体、海洋生態系の中でどのくらい、どのような役割を果たしているのでしょうか。

そこで今後は、東京大学海洋研究所の浜崎恒二准教授と共同で、海洋環境中で現在活動しているAAnPの研究を進めていきます。まず、AAnPの天然環境における窒素代謝を解明するため、海水試料や懸濁物試料からバクテリオクロロフィルを抽出し、その窒素同位体組成を分析します。一方で、海水試料の溶存態の無機窒素(硝酸やアンモニウム)の定量と同位体分析をおこなうことで、AAnPがどのような窒素源からどの程度の効率で窒素を利用しているかが理解できます。この研究では、同時に他のクロロフィル類の窒素同位体組成も併せて分析することで、他の好気的な光合成生物(藻類や光合成生物など)の窒素代謝の情報も得られます。これらをAAnPと比較することで、それぞれの光合成生物の海洋表層における窒素サイクルの中での役割の違いや、相互関係を明らかにすることが期待されます。また、AAnPによる生物生産量を把握するために、安定同位体トレーサーによる炭素固定実験を行います。すなわち、有光層内の様々な水深から採取された海水試料に、13Cラベルされた炭酸水素ナトリウムを添加し、一定時間(数時間程度)培養します。その後、濾過試料からバクテリオクロロフィルを抽出、単離・精製し、これらの炭素同位体組成を測定することで、AAnPに限定した炭素固定速度を見積もることができます。これにより、従属栄養的にも生育可能なAAnPが、天然環境においてどの程度光合成活動を行っているのかも理解できるでしょう。


All Rights Reserved, Copyright 2007
Yuichiro Kashiyama, Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo