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生物の殻体内有機物・アミノ酸の窒素同位体分析

アミノ酸栄養段階

最近の研究から、生物の体を構成する各種アミノ酸の窒素安定同位体組成は、その個体の栄養段階に対応して系統的かつ定量的に変化することが分かってきました。そのため、生物組織のアミノ酸窒素同位体分析は、湖沼や海洋などの食物網解析や、生物間の捕食-被食関係の解明に非常に有効なツールです。フェニルアラニンなど、一部の不可欠アミノ酸の窒素同位体組成は、栄養段階に関わらずほぼ変化せず、食物網の基底をなす一次生産者の窒素同位体情報を保存します。一方、グルタミン酸などの可欠アミノ酸は、栄養段階に応じて一定の明確な幅で15Nの割合が増加します(右図)。これらは、生物界に普遍的なアミノ酸の代謝プロセスを反映するため、現世に限らず地質時代を通しての様々な生態系の構造を理解するツールとして有望です。私たちは、アミノ酸の窒素同位体組成を簡便に分析する手法を確立し、現世や近過去の様々な生物試料についての食物網解析に応用しました。また、考古学試料や化石試料への応用を目指し、生物硬組織中のアミノ酸の研究にも取り組んでいます。

動物の作り出す無機質の硬組織(たとえばリン酸塩の骨や炭酸塩の殻)の中には、少なからぬ量のタンパク質性のアミノ酸が存在します。これらは、硬組織中の有機物は軟体部に比べ分解や変質を受けにくく、条件によっては地質時代を通して比較的安定に保存される可能性があります。このため、その保存状態によっては、化石試料についても硬組織中に保存されたタンパク質性アミノ酸の窒素同位体分析が可能であり、過去の生物の食性に関する生態・生活史や、古環境における食物網に関する知見を得ることは原理上可能です。実際、化石化した硬組織で骨コラーゲンやコンキオリンの断片化したペプチドが確認できる場合があり、それらのみを分離してアミノ酸レベルの窒素同位体分析を行えば、かなり信頼性の高い古生態情報を抽出できることが期待されます。

オウムガイ殻体有機物の窒素同位体比

軟体動物の硬組織は付加成長により形成されるために、成長線に垂直な各部位の殻タンパクの窒素同位体比は、殻形成の各時期における生体の同位体比、すなわちその時期の餌の同位体比とその栄養段階を反映していると考えられます。とくに、その運動能力の高さゆえ特に多様な食性を持つポテンシャルがある、現生および化石頭足類の成長を通した食性変化は研究の価値が高いといえるでしょう。そこで私たちは、アミノ酸分析に先立ち、現生オウムガイの成長に沿って殻体有機物の全窒素同位体組成を測定し、その成長に伴う食性の変化の復元を試みました(左図)。その結果、孵化前に卵の中で形成されたと考えられる巻きの中心部分では、窒素同位体が各個体ごとに比較的安定した高い値(個体差があるが12.0−14.2‰)を示し、その後成長に沿って3−4‰前後の急激な低下を示すことが確認されました。これは、孵化以前に高い窒素同位体比を持つ卵黄を栄養源として成長した後、栄養源が比較的低い窒素同位体比を持つ餌に移行する段階を記録していると考えられます。また、捕獲後の水槽飼育中に形成された殻体で窒素同位体比の急激な低下が見られるのは、飼育中に与えられた餌の比較的低い窒素同位体組成を反映しています。このように、オウムガイの殻体内有機物の窒素同位体記録には栄養源の変化がよく記録され、この手法がアンモナイトなどの化石頭足類の食性に関する生活史や孵化のタイミングの研究に非常に有望であることが示されました。


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Yuichiro Kashiyama, Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo