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光合成生物の分子化石「化石ポルフィリン」の分子レベル安定同位体分析

クロロフィルと化石ポルフィリン

化石ポルフィリンは、光合成生物が普遍的に合成するクロロ色素(クロロフィルやバクテリオクロロフィル)を起源とする有機分子です(右図)。クロロフィルの中心核のテトラピロール構造に相当し、堆積物中では通常ニッケル(II)や酸化バナジウム(IV)の錯体として見出されます。堆積物中では比較的安定で、数千万年から数億年前に形成された堆積岩中にも保存されています。様々な種類のクロロ色素が光合成生物の間で系統的な分布を示しますが、化石ポルフィリンの構造は各種クロロ色素の構造的特徴を反映するため、いくつかの化石ポルフィリンは、特定の光合成生物にのみ由来するバイオマーカーと見なすことができます。さらに、化石ポルフィリンの炭素や窒素の安定同位体の組成は、起源である光合成生物の安定同位体組成を分解や続成作用の影響を受けずに直接的に保存しています。この化石ポルフィリンの持つ情報を基に、過去の光合成生物の同位体組成が復元できれば、当時の光合成生物の窒素の利用形態や細胞生理といった情報を引き出すことができます。特に、化石ポルフィリンは窒素原子を構造中に持つ希有な分子化石で、地質時代の海洋における窒素サイクルを復元するほぼ唯一のツールとして重要です。

化石ポルフィリン分析

古環境の研究では、海底掘削で得られる堆積物コアのような、少量のサンプルを用いた分析が要求されます。このため、分子レベル同位体分析法を古環境解析に応用するためには、分析法の簡便化に加え、いかに少量の試料で高精度の分析を行うかが重要です。私たちのグループでは、堆積岩中見出される少量のクロロフィルやポルフィリンについても、簡便に炭素や窒素の同位体組成を測定する手法を開発しました。まず第一のステップとして、化石ポルフィリンを単離・精製します。ここでは、中圧カラムクロマトグラフィーにより全抽出物から金属ポルフィリンごとに分画・精製た後、異なる分析条件を組み合わせた二段階のHPLC分離を行うことで、天然の同位体組成を損なうことなく各種ポルフィリンを単離します(左図)。次に元素分析計−オンライン−同位体質量分析計(EA/IRMS)を用いて、単離した化石ポルフィリンの窒素と炭素の同位体組成を測定します。私たちは、市販のEA/IRMSに独自の改造を加えることで、分析に必要な試料量を3桁近く減らすことに成功ました。これにより、わずか2μgのポルフィリンを堆積物中から単離すれば、十分に精度の高い測定が可能になりました。さらに、極微量の化石ポルフィリン(0.5μg)を誘導体化(マレイミド化)し、ガスクロマトグラフ−オンライン−同位体質量分析計を用いて窒素同位体組成を測定することにも成功しました。これらの新たな手法を用いて,1)堆積物中に含まれるクロロフィルやその分解過程と分解生成物の組成,2)クロロフィルの炭素・窒素同位体組成を決める要因,3)現在の海洋に生息する光合成細菌の生理生態,4)さまざまな時代の堆積物が形成された当時の地球環境の復元などの研究を行っています。

ところで化石ポルフィリンは、残念ながらGC/MSやLC/MSなどでは容易に化学構造を推定できません。そこで、精製した化石ポルフィリンを核磁気共鳴装置(NMR)やX線結晶構造解析により同定しました。特に後者の場合、化石ポルフィリンの単結晶を作成して分析を行うのですが、化石ポルフィリンの顕微鏡写真(➣ギャラリーへ)は思いがけず美しいもので、2008年度のJAMSTECのカレンダーにも採用されることに決まっています。


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Yuichiro Kashiyama, Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo