コレステロールの薬でボケ予防 


  

 

 

 

Lancetという雑誌に載ったこれから話題になるであろうという論文です。先月書くはずだったのですが、感電事故の対応で大企業と対峙するのに労力を費やし、一月遅れました。

24480人のうち、284人の痴呆患者と1080人の対照群を選び比較したイギリスからの報告です。
イギリスはアメリカと違い、先端的なトピックだけでなく、一般的な病気(風邪、インフルエンザ、高血圧)等の病気の基礎的データをしっかり集める伝統があるようです。日本やアメリカでは研究費がつきにくい分野です。

コレステロールの薬を調べる前に、両群の背景を比較しています。論文のこの点に注目する人は少ないですが、私には興味深いものです。論文内部でも、詳しくは触れられていないのですが・・・。

最初に、太っている人に比べると、普通体型ややせた人は2.7倍も痴呆の危険性が高いというものです。分析されていないのでこれ以上論じることは不可能に思えますが、栄養状態が関係すると思われます。

次に、喫煙者はやはり1.9倍の危険性です。ここでも、タバコは悪いのは証明されていますし、ニコチンがぼけ防止に効く等というのは、でたらめであるのが解ります。

さらに、タバコをやめるとすぐに非喫煙者と変わらなくなります。(危険率0.94有意差なし)

さて、話題の本題ですが、スタチン系(日本ではメバロチン・リポバス・ローコール)を使うと、アルツハイマーの危険性は0.29になるというのです。つまり、危険性が71%減少するということです。

一般的に、薬というのは個体差もありすべての人に効くものではありません。癌の薬なら、せいぜい20%くらいにしか効かない薬も多くあります。それでも、病気の重要性に鑑み許可されますし、血圧の薬でもなかなか70%も効果は出にくいものです。71%というのはとてつもなく高い数字であり、ほとんどの人に確実に効く良い薬に分類されるのです。

これなら十分、痴呆予防薬として認可できる数字と考えられます。当然予防薬の研究治験に入っているでしょう。ただし、厚生労働省の薬の建前は、「予防は個人負担」が原則で、治療薬として保険が利くのは無理でしょう。

薬の種類による違いも検討されましたが、分類すると数が少なくなり、統計的有意差は出ませんでした。

痴呆になってしまってから、戻すほどの効果はありません。あくまでも、予防です。痴呆が改善するはっきりした薬があるなら、医師は全員服用しているでしょう。自分の子供にも服用させます。しかし、現在ある薬は、進行を遅らせる程度のものですから、スタチンは画期的です。また社会的にも、入所施設も減らせ、多額の貢献をするでしょう。しかし、役人は医療費抑制の目先だけを考えますから、保険での認可は困難です。

アルツハイマー型の痴呆は治療法が無く、非常に有望ですが、誰が服用すべきかという大問題があります。予防しかできないからです。しかし、コレステロールの高い人には大いなる福音です。

"Statins and the risk of dementia" H. Jick et al.   Lancet 356(9247): 1627-1631, 2000

驚くべきことに、別のアメリカの論文でも、70%痴呆が減少するというデータが出ています。( Arch Neurol: vol 57, Oct. 2000)   もっとも、そういう文献を探したのですが・・・。

血管性痴呆という概念があります。循環が悪くなり痴呆をきたすというものです。動脈硬化予防薬・血管保護薬のACEというのが痴呆抑制に効きそうなものです。アメリカの論文では、カプトプリルという薬の効果も見ていますが、効果はありませんでした。他に血管に働きそうなβ-ブロッカーも効果はありませんでした。スタチン系だけでした。

脳血管性痴呆は日本に多く、アルツハイマーは欧米に多いのも関係しています。なお、脳血管性痴呆は睡眠時の高血圧が関係するという成績があります。最小動脈硬化が関係しているので、これには厳重な血圧管理や糖尿病管理が重要です。スタチンの効くのは、脳神経に特殊な蛋白が蓄積するアルツハイマーです。

一部の専門家も、コレステロールが下がることが直接痴呆予防に結びつくと考えていますが、私にはスタチンの特殊な効果に思えます。他のコレステロール低下剤であるフィブラート系薬剤では効果がないからです。多分、腸でのコレステロール再吸収阻害剤も効果が無いものと思われます。

コレステロールが薬で下がりすぎる人は癌が多いという統計があります。
現時点では明確なデータも理論も不足しています。反論は、隠れて見つかっていない癌があると、潜在的に栄養の偏りがあり、薬が効きすぎるように見えて、癌が多いように思われるというものです。結果か原因かわからないことも生物学では多いものです。コレステロールが下がれば下がるほど、心筋梗塞などが減るのは多くの証拠があるので、コレステロールが下がれば全体の死亡率が減少するのははっきりしています。癌の増加をおぎなっても余りあります。
現時点で判断できるのは、180mg/dl程度までなら、下げれば下げるほど良いと思われます。もし、癌の増加が本当だとしても、160以下にならないとほとんど変わりはありません。現実に一つの薬だけで、160以下にするのは困難なことが多いものです。160以下にならなければ、それほどの危険は無いと考えられます。一部マスコミの信頼性に欠ける情報で、コレステロールの薬を中止するのはばかげています。

コレステロールの薬を飲みつづければ、むしろ、痴呆になる確率がきわめて低くなるほうが可能性としては十分高いのです。しかも、全体の死亡率は確実に下がります。
この世の中で、絶対的良いものというのは存在しにくいものです。相対的に良いものを、上手に利用するというのが知恵なのです。

何でも薬は体に悪い、できるだけ摂取すべきでないなどという論調がまん延しています。薬悪玉説はマスコミに人気があるようです。迎合するえせ評論家も多くいます。大抵は、物事の一面しか見ていません。

情報が多いものが必ずしも正しい結論に到達するとは限らないのは、このホームページの「イギリスでインフルエンザは大流行しているか?」やダイオキシン関連記事を読めば解ります。情報量だけならいつでも個人はマスコミに劣ることになりますが、事実は逆です。情報を位置付ける知恵こそ大切です。インターネットの情報洪水の中では、むしろこの能力が問われるのです。

先の台風で死者が出ました。亡くなった方はお気の毒で、関係者なら悲しみは癒されないでしょう。悪い点は大いに報道されます。

予防注射廃止論者なら、「台風など廃止してしまえ」と短絡的に考えます。
実際、昔はヨウ化銀でそういう計画もあったようです。海上で雨を降らせて弱くするのです。現在の科学をもってすれば、薬品でほとんど弱めてしまうのも不可能ではありません。では、なぜ計画が中止されたのでしょう。
台風をなくせば、水不足が深刻化し飢饉が拡がるのです。日本だけではありません。韓国・中国・ロシアの一部まで被害が拡がります。日本の地理的位置から、台風は必要なものなのです。そういう位置に住んでいるのを、意識するには努力がいります。実際今回の台風でも水不足は無くなったのです。視野はつねに世界に広げないと、とんでもない結論が出るのです。視野狭窄・国粋主義ではやっていけません。

私など、むしろコレステロールの下がりにくいスタチン系薬剤を待ち望みます。それこそ、真の痴呆予防薬かもしれません。今まで効果が低いとして、捨てられた薬の中に埋もれているかもしれません。

視野が狭く、物事の一面だけで判断し、安易に悪いときめつけ、全体での位置付けを間違うのはマスコミの習性です。


2000.09.01
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初級システムアドミニストレーター 河合 尚樹

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