医療を自由競争させるとはどういうことか

「イギリスでインフルエンザが大流行しているか?」において,官僚の財政再建路線を押し進めると,弱者に死者が出るという事を論じました。医療の最低保証と上乗せの民間医療の害です。
 日本でも堺屋太一氏等通産省グループが,医療の完全民営化,競争原理の導入,福祉解体民営化路線など露骨に医療削減を訴えています。国民健康保険を解体し,民間の保険会社に参入させれば競争が生まれ,低コストで医療が行われ,財政再建にも結び付くというのです。生き残りをかけた保険会社の,魅力的事業でしょう。資本家からの援助もあるのでしょう。
財政再建,民間活力の導入と自由競争,グローバリゼーション等は魔法の言葉です。これを唱えれば,なんでも通ってしまいます。効率化,競争等も同様です。これらを,学問や福祉の分野まで押し進めようとするのが,官僚の一派の堺屋太一グループです。経済原則をつらぬき,経済的に正しいことはすべて正しいという,愚かな考えです。

医師は競争がないと非難されますが,そんなことはありません。患者さんの目はシビアで,下手な医療,悪いサービスなら,すぐに近くの医療機関へ移ります。福祉サービスとて同じです。

官僚が非効率で,競争原理をいれるのは構いません。しかし,医療を完全民営化すればすべてうまくいくという,堺屋流考え方では国民は悲惨な状況に置かれます。
アメリカの例を見てみましょう。

10年くらい前まで,厚生省も「アメリカの医療制度はすばらしい。日本でも導入を検討すべきだ。」との議論が花盛りでした。なんでも,他人の庭が美しく見えて,日本の制度はすべて悪だ式の考え方が,官僚や,それに引きずられ癒着したマスコミの論調でした。バラ色に見えたアメリカの医療制度も,化けの皮がはがれてきて,最近は批判ばかりです。

アメリカに国営の医療制度はありません。低所得者と高齢者に対する補助があるだけです。一般には民間の保険プラン(HMO)に加入します。これとて,高額で加入出来ない人々が数千万人いるのが現状です。また,健康に自信がある若い連中で,保険に加入しない人もいます。ほぼ全員が何らかの医療保険に入れる日本とは大違いです。

HMOは民間の会社ですから,経営のため努力をします。これが,一見効率的にみえたため,ばかな官僚どもはHMOを賞賛していた時代が長く続いたのです。

医師は会社と契約しなければ収入が得られません。保険加入者は契約された医療機関で受診するのが原則です。

以前,アメリカのテレビ番組er.で以下のようなシーンがありました。小児科の患者が救急治療室に運びこまれてきます。小児科の担当は少し型破りの頑固な性格に描かれています。重症ですが治療は何とかうまくいきそうです。そこへHMOから電話がかかってきます。そこの一流病院は契約先でないので,契約している二流の病院に移せというのです。小児科医は「あんな病院に移せば死んでしまう。」「重症で移せないと返事をしておくように。」と指示を出します。上司の医者がそれを聞きつけ飛んできて,「これがばれたら,医療費は支払われないし訴えられる。経営的にもこの病院はぎりぎりだ。すぐに移せ。」と喧嘩になるという設定です。

この番組は,実に正確に伝えています。医師が最善と考える治療が出来なくなっているのがアメリカです。HMOによる制限で,適切な検査や治療が受けられず死んだり被害を受けたりした事件が多発し,訴訟が年々増加しています。経済原則最優先,競争原理の導入とはこういう事なのです。

しかも,訴訟を起こしても,「医療の内容は医師が決めるのであって,会社は無関係である。」と逃げてばかりで,会社を訴えることさえ出来にくい状況でした。このため,カリフォルニア州や,ジョージア州等5つの州で「患者が適切な医療サービスを受けられなかった時は,保険会社を訴えることができる。」という法律を制定したほどです。国民の不満は急速に高まっています。経済最優先による福祉切り捨てです。

また,高額な検査を受けたり,専門医の受診をする自由もありません。受けたければ,事前に会社指定の医師に検査の必要があるかどうか許可を求めなくてはなりません。効率優先の会社なら当然かもしれません。これに対しては利用者からの反発が出ました。シグナやヒューメナという大手は,検査が必要かどうか判定する医師に,「不必要」との判断をした場合,報奨金を支払っていました。これに対し,「医療サービス制限のために医師に報奨金が支払われていたのを,会社が意図的に隠していたのは詐欺に当たる。」という訴訟が起こされて,現在係争中です。クラスアクションという手法のため,これが勝てば,3200万人に影響がでます。

結局,民間業者に福祉を任せたとたん,それはビジネスですから,できるだけ低額におさえようとする力が働き,満足な医療は受けられなくなるということです。

もちろん,癌の既往があると保険料は高くなりますし,家族に遺伝性疾患が疑われるときには,加入拒否という問題もでてきます。経済原則が貫徹されればすべてうまくいくというのは経済屋の思い上がりです。

アメリカも国民皆保険の重要性は十分認識しています。クリントン2期目にはその試みが行われましたが,ヒラリークリントンの妥協のない政治家としての無能と,経済界の負担拒否にあいつぶれてしまいました。アメリカが必要性を認識しつつある制度を,壊滅させようとしているのが,経済官僚どもなのです。その中心が自由経済至上主義戦略の堺屋 太一氏なのです。

彼等が勝利した日には,一部富有層のみが裕福になり,大部分の国民は福祉や医療費の負担にあえぐことになるのですが,富有層でも安心はしていられません。白血病や移植になれば数千万円の金額はすぐに出ていきます。いったい,どれだけの人が耐えられるでしょう。

日本人は白血病の子供をもったとして,種々の困難があるとしても,金銭的にそれ程の不安はないはずです。これほど素晴しい制度はほとんどありません。しかも,対GDP比では日本はイギリスについで低い医療費です。しかし,イギリスの制度がひどいのはインフルエンザで論じました。イギリス政府は医療費35%増の発表を行いました。対GDP比で5%から7.6%になる大増額です。日本は追い抜かれ,先進国中最低の対GDP比となるのは間近です。

もちろん,日本よりもっと安心していられる国も多くありますが,それらは北欧型の高福祉高負担の国です。日本は,低負担比較的高度医療の部類です。

世界的にみて,病気になって安心していられる国民は非常に少ないのです。アメリカでは下手をすれば,金の切れ目が,命のきれめです。日本のこれほど良い制度を批判し解体しようとしているのが経済官僚です。アメリカに追従し,規制緩和,競争原理の導入,経済原則の導入など浮かれているのが経済官僚共です。ヨーロッパでは,拝金主義のアメリカ流の何でも自由競争を,カウボーイ資本主義と呼んで軽蔑しています。

経済屋共は数字に強く,すぐに金に換算していくらだとか,対なんとか比でどうのと日本の医療の「後進性」「非効率」を論じます。マスコミも厚生省発表の「大本営発表」的都合の良い数字を盲信し追従します。反論することは困難です。こんな論争に反論する方法が一つあります。それは,国民の安心度を考えれば良いのです。

アメリカ人は,高額の医療費を負担しながら,数千万人の無保険者,制限医療に不満です。

イギリスのお役人はうまく医療費を抑えましたが,医師や看護婦の締め付けすぎから医療が適正に行われず,死者さえ出ました。

ヨーロッパ各国は日本と似たり寄ったりの所が多く,国民の不満は余りありません。例えばフランスでは,医療費削減から看護婦や医者が減らされ,ストが決行されています。少子化と高齢化が問題です。小児病院が減らされ,子供の救急体制が問題になっています。日本と似たようなものですが,国民皆保険を民営化するなどという愚かな経済屋の議論はありません。

日本人はどうですか? 子供が重病になっても,医療費の負担にそれ程怯えることもなく,良質の医療機関を受診する自由があります。国民皆保険が原則で,耐えられないほどの高負担でもありません。こんな,低医療費(対GDP比)でよくぞうまくやっているものです。だれも褒めはしませんが.....。マスコミは,批判さえすれば良いとばかりの医者攻撃・制度攻撃です。

日本人よりもっと満足している人々がいます。北欧型の高負担高福祉国家です。医療や年金の心配はまったくありません。非常に良い制度だと思います。

どこもそれなりの問題を抱えています。全員が満足する制度など世界中にありません。(もっとも近いのが北欧型だと思いますが。)

うまくいっている制度をとにかく批判し,経済的整合性さえあえば真理にもっとも近いと考えるのが,堺屋グループです。それに無批判に同調するマスコミです。

重要なのは,国民の安全や健康であり,法律や経済はそれの道具にすぎません。大蔵の財政のために国民があるわけでもなく,経済屋の整合性のために医療制度があるわけではないのです。戦前の低所得者に対する,悲惨な医療の反省から国民皆保険制度が出来たのであり,これが世界の潮流です。それを,真に学問を理解できない,経済学部卒や法学部卒は,道具を目的にしてしてしまい,国民の幸福を考えないのです。それに同調する「一部大学教授」「審議会」が後押しをします。戦前の,混乱に戻し,国民医療を混乱に落としいれようとするのが経済屋共や厚生官僚です。もちろん,自分たちの天下り先が急増して,利益を受けられます。

どんなに完璧だと思って制度を作っても,部分的には不公平や欠点が生じます。それらをあげつらい,欠点ばかり強調するマスコミ報道が,「全体としてはかなりうまくいっている」制度を,あたかも「欠点がこの様にあるので,全体が悪い。」かのような報道になり,愚かな国民の意見をミスリードし,官僚共を応援します。同様なのは,インフルエンザ予防接種の廃止,数人の死者が出ただけで,他の数多くの人が享受していた有用な薬の廃止回収処置などにも見られます。子供に対するインフルエンザ予防接種がいまだ行われず,死者を出している先進国?は例外中の例外です。全体を見る,大きな視点が欠けているのです。

法治栄えて,役人天国。無責任主義。
財政健全化して,国民不健康。
東大栄えて,倫理なし。
キャリア栄えて,国滅ぶ。

カウボーイ資本主義栄えて,貧民多発。
欠点報道増えて,良品駆逐。
マスコミ栄えて,国民分裂,医師と国民反目。

PS. ヨーロッパからの発言
EU議会議長
「何の規制もない企業合併や買収は社会の連帯を損なう。ヨーロッパの人々は野放しの資本主義に怒っている。」

ポルトガル欧州担当相
「アメリカ経済は不公平な側面があり,ヨーロッパのモデルにはならない。」

3月23日 朝日新聞より  
国民や制度は政治,経済,財政,官僚の単なる手段ではない。

2000.04.02

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