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Passage Connie Willis Bantam 2001

コニー・ウィリス、3年ぶりの大長編。596pという長さなのだが、するすると(気分的にはね)最後まで読めた。畢生の大作と言っていい。テーマの現代性と、一般受けしそうな感動度からいって、Doomsday Book  を越える評価を得るかもしれない。臨死体験と死という扱いにくいテーマに、真正面から、しかも軽やかで器用に取り組んでいる。文章は地味で読みやすい(逆に言えば華がないとも言える)。

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「死を受け入れやすくしたり、楽にすることに進化戦略上の利点があるはずはない」
(リチャード)

デンヴァーのマーシー総合病院、心停止状態に陥った人に次々にインタビューして、臨死体験の秘密を追い求めている若い認知心理学者ジョアンナ・ランダーが主人公。彼女はいつ起るともしれない心停止状態を追い求めて、救急治療室から集中治療室、小児病棟を駆け回る。その一方、昏睡状態の患者の側にすわり、心臓病の少女に信頼される(カモになっているとも言う)元気で優しい女性だ。死の閾に立った人と話す緊張、鳴り響くポケベル、いつも閉っているカフェテリア、臨死体験を脚色して語りたがる患者、非実用的な病院の建築設計とペンキ塗り立ての廊下、そして最大最強の敵「臨死体験はあの世からの導き」を主張して、患者の頭に先入観を吹き込んで、調査をめちゃめちゃにしてくれる同僚のトンデモ学者マンドレイクの猛攻を逃れ、迷宮のような大病院を駆け抜ける。

聞き取り中に心臓発作のためERで死んだ若い男の最後の言葉が、ジョアンナを悩ませる謎となっていた。口にされた数字は何を意味しているのか?彼は何を見たのか?

一方、臨死体験の大脳生理学的追求を目指す神経科医、リチャード・ライトは、臨死体験中に患者に新型のRIPTスキャン(脳各部の神経シナプシスの活動を同時に三次元的に視覚化するスキャン)なるスキャンを行い、主観的な臨死体験が、脳神経のどんな活動と対応するかを研究しようとしていた。むろん映画「フラットランダーズ」のように心停止を起すわけではなく、臨死体験と同様の経験をもたらすがまったく副作用のない、心理刺激薬を使ってシミュレーションを行なう。心停止状態から自力で回復するメカニズムが分かれば、救命措置医療にはまたとない発見となるはずだ。

リチャードはジョアンナに協同研究依頼をして、二人はあてにならないボランティア被験者と、ニューエイジ死後体験論者の猛攻、予算をかけた研究進行レポートの提出期限と戦う。

心停止からの回復者も、シミュレーションの被験者たちもその臨死体験には共通点がある。狭いトンネルにはいり、謎の音を聞き、誰かの姿を感じる。「感じ」ことは側頭葉の働きの擬似的な現実感覚なのか?では、リアルとは何なのか?トンデモな「光の天使」や死んだ親戚でないのなら、人はその狭い通廊で、いったい誰に会っているのか?科学と信仰、知的誠実とはかない希望、日常の雑事と死のあやういバランスをとりながら、二人の追求は始まる。そして被験者の量と質に業をにやしたジョアンナがとった方法とは?

リチャード・ライトは若くハンサムな独身で「ドクター・ライト」として病院中の看護婦の(オースティン的に)いい撒き餌なのだが、本人は気が付いてないワーカホリック。

「あんたがせっかくのオプション購入をしないんなら、ドクター・ライトはすぐにドクター「売約済み」になっちゃうわよっ!」
(ヴィエラ)

賢明で真摯な心理学者は、探し求めた最大の謎を探り当てる。ぼんやりだが善良でワーカホリックな神経科医は、大病院の迷宮のような通路の近道を学びとる。心臓病の少女は名札を手に入れる。

主人公の二人以外にも、患者や看護婦たちも生き生きとしながら、しかも困ったちゃんなキャラクターがちょっとステレオタイプながらも巧みきわまりない。そして思わぬ人間や言葉が、後になって幾重もの伏線の中を重要人物として現れて来る。

イイモノその1
  
最重要人物の一人で、明日をも知れない、心臓病の少女メイジー・ネリス。その設定を十分に生かして、彼女が登場するたびに泣けるEことは心底泣ける。だが同時に爆笑。根性の座った娘で、クールなリアリスト。有名災害事故マニア。得意技は忙しい人を捕まえて、ヒンデンブルクの悲劇やポンペイの破滅、サーカスの火事についてのグロテスクで凄惨なディテイルを延々と聞かせること。寝たきりのまま、ジョアンナやリチャードの鼻面を引き回したおす。登場回数にかかわらず文句無しの第二のヒロイン。ポジティブシンキングの女王でディズニー映画とテディベアで部屋を溢れさせる母親の目を盗むのも得意。

イイモノその2
信頼できる
ER(救急治療室)看護婦でジョアンナの親友、ヴィーラ。麻薬患者や瀕死の重傷者がひしめく都会の大病院のERを仕切るタフな看護婦だが、彼女の仕事の危険さはジョアンナの悩みの種。

たまらない人その1 
マンドレイク博士。ベストセラー『トンネルの果ての光』の著者。臨死体験は「あの世」への通路だと主張するニューエイジな神秘主義者。「光の天使」と「死者のメッセージ」の先入観念を患者にたたきこみ「科学では計り知れないものがある」と主張する、ジョアンナ最大の敵だが、本人はそう思ってないでジョアンナを同僚あつかいしてつきまとう。

たまらない人その2 
若く美人の看護婦で独身医師ハンター、ティッシュ。臨死体験研究のアシスタントに立候補。。実はかなり有能だったりする。

たまらない人その3    ウォジャコフスキー爺さんと実験の被験者たち
第二次世界大戦を戦った兵士。どんな話でも、パールハーバーと戦艦ヨークマンとミッドウェイ海戦と、隣で頭をふっとばされた戦友たちにつなげる天下無類のお喋り。迷惑きわまりない被験者だが、先入観をもちまくった心霊マニアや忙しすぎて連絡が取れないボランティアが群がる中、これでもましなサンプル。あとは押してしるべし。

臨死体験とはどこかへ行く通過路なのか
怖れから目をそらさないことで、人に何ができるのか
科学は恐怖から目をそらさない力を与えてくれるのか?それとも目をそらさない人の耐さへの信頼が科学に力を与えるのか?
死後への希望は偽善か、愛か?

「そうあってほしいと願ってるからといって本当だとは限らないEそうあってほしいと願っているからといって、嘘だともいえない」
(ジョアンナ)

以下は具体的なプロットのネタバレというほどでないが、全体的な感想
(蛇足だし興をそぐかも)

ウィリスの前の長篇であるTo say nothing of the dog が現在翻訳中だという話。その前の、どうも翻訳は後回しになりそうな Bellwether  と似た研究所(病院)物であるが、はるかに重厚で空想科学小説的。Bellwether が研究対象そのものは軽く流して居たのに対し、ここでは臨死体験を通過する人間は「いったい何を見たのか?」という謎に、まっこうから取り組みひとつの結論を出している。もちろん、結論以上に大事なのは誰が、どうやってその結論にたどり着くか?という物語なのだけれどね。

そういう意味では、SFなのかと言うと、SFと普通小説の間ぎりぎりぐらい。SFとにおわせない(笑)salon magazine の書評が言うように、医学サスペンス小説と言うべきなのかもしれない。現実に存在しない事象や(たぶん)技術を扱っては居るが、ファンタスティックな飛躍が少ない。別のいい方で言えば、認識の蝶番を「はずす」よりは最後にきっちりはめ込む。拡散と収束という考えでは、収束のほうへ向かってるんで、モチーフ自体にミステリ的な趣向はないけど、最後になにもかも綺麗に断片が拾い上げられる感覚は、ミステリファンのほうに向いている作品かもしれない。

ドラマの展開がサプライズに継ぐサプライズで派手なので気にならなくなってしまうが、描かれるアイデア(臨死体験実験から派生するある成り行き)自体は、思いもよらない、というほどではないと思う。しかし過程や描き方がスリリングなのだ。とくに最後の150ページの展開は心底驚く。

ウィリスの長編を読んだことのない人のために言うと、宮部みゆきの長編の作風に自然科学への信頼とスラップスティック風味のユーモアと軽いキリスト教的なアリュージョンを足し、犯罪を抜いたような感じだろうか。(似てないかE)

前々作の  Bellwether では、混乱にみちた研究所=カオス=研究対象としてのカオス理論、という寓意がきれいに成立していた。Passage では、迷宮のような大病院の無数の通廊は、死に臨んだ人間の脳の複雑な活動と、臨死体験の中で人が出会う現実感にあふれた「世界」に対応している。

ウィリスの場合、「科学と信仰」に対する姿勢は保守的で、中西部のアメリカ市民社会的でまっすぐに道徳主義と言っていい。しかし大活躍する人間像は、機敏な女性科学者、タフな看護婦の友人、したたかな少女、傷ついてるが聡明で誠実な若い女性と、女ばかりが生き生きと描かれれている感はある。技術面を担当するいい男な医師は重要なんだが、病院内で迷子になったり、泣き言を言ったり、「かっっわいい!」とか看護婦にうわさされている。しかしウィリスの長篇、短篇ともに、巻き込まれ型もしくは見守り型以外の男性主人公がかつて居ただろうか?だいたい事態を打開するのは女なんだよね。

SFとしてどうなのか?という点とは別に多少気になるところもある。ひとつはもろに「よきアメリカ」やキリスト教の比喩が溢れているので、その辺はカッコに入れて読まないとちょっとうっとおしいかもしれない。また有名な映画やテレビのイメージを利用(そのままではない)しすぎているかもしれない。しかし、実はこの本で、逆説的に超重要な役割を果たしているある映画も、TVERも私は見てないのだけれどぜんぜん気にならなかった。


Factoring Humanity Robert J. Sawyer Tor Books 1999
(1998)

>> amazon.co.jp   近未来のトロントを舞台に、科学的及び人類文明的ブレイクスルーを達成したトロントの科学者夫妻の運命は?という話。ソウヤーの小説としては『ターミナルエクスパーリメント』と同タイプ。異星人からのメッセージを素因数を利用して解読していく驚天動地(ってほどでもないか?ここまではね)の解答と結果は50年代SFの楽しさいっぱいで、このアイデアがどう展開するかと固唾を飲んでいると、話はするすると家庭問題の苦悩と解決のほうへずれこんでいく。一方では過去の謎の自殺や企業秘密がらみの陰謀がつぎつぎと現れて、目の離せない展開に

お話はこんなの。

西暦2007年、アルファケンタウリAから、知的存在からのメッセージが地球に届きはじめた。30時間51分ごとの周期で次々に送られてくる信号は、その大部分がいまだ内容不明のままである。その10年後、地球各地で「セントール」の通信を解読しようとしている研究者、トロント大の心理学者のヘザー・デイヴィスは、素数の性質を手がかりにメッセージ解読の糸口をつかむ。

一方で、ヘザーは深刻な家庭の悩みを抱えていた。1年前に娘の一人が自殺、夫である情報工学教授カイル・グレイヴスとも一時的別居状態になっていたのだ。その上、19歳の娘のベッキーが突然、夫のカイルが、子供の頃自分を性的に虐待したと言い出した。妹娘の原因不明の自殺を思い出し、夫を信じながらも動揺するヘザー。

副主人公格のカイルも娘の残酷な告発に驚愕する。カイルはかつては人間の人格をコンピュータにプログラムするプロジェクトを試みており、人間の人格とは何かという問題につきあたらざるを得なかった。現在は、量子コンピュータによる超高速計算へのブレイクスルーをつかみかけている。しかし彼が達成しようとする技術をめぐって、銀行や謎の依頼人が得体のしれないアプローチをかけてくる。

セントールのメッセージがヘザーにもたらすものは?その時彼女がとる行動は?無限の平行宇宙へアクセスして巨大計算を行う量子コンピュータは、カイルに何をもたらすのか?娘の性的虐待の告発の理由は?20年前におこった恋人の天文学者の死は何を意味するのか?

 そういう方向に行くかっ!「それ」をそういう目的に使うかっ!!と文句を言いつつも、ストーリーテリングが明解で分かり易く、サービスたっぷりでぜんぜん読者を飽きさせない。親子と夫婦の危機も過去の事件、人類と人工知性と量子コンピュータと宇宙からのメッセージと偽造記憶といったあらゆる謎と障害がきれいに着地するのがお見事。トロント大学周辺を舞台に夫婦の身近だけで展開するのに、興趣は地球レベルで、宇宙の知的生命の運命までさらりとストーリーの中に組み込まれる。最後の決着は、なんかニューエイジと紙一重かもしれない。しかしこういう評価は個人差なので、識者の意見を待つ。『ターミナルエクスパーリメント』のように匂わせるだけでなく、ここまではっきり書いちゃうのはだめでしょうと、思うのだが、楽しいので許せます。

プロラム人格(APE=近似的心理経験体? )のチータがなかなか泣かせる。ソウヤーの人工知能って好きだ。アシモフの短篇のいくつかに出てきた万能コンピュータ(人工知能という言葉はなかったような気がする)を思いだすな。それとトロント大学とその周辺が舞台だが、トロント大は実際19世紀からの建築がそのまま残る、古風でとても綺麗な大学で、街の真ん中にあるので面白いところである。


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