芦生(あしゅう)の森と日本の林野行政
投稿者:けけろさん

京都市の北北東、市内から出ているバスの終点である広河原の更に北に、原生林かと見
まごう見事な森林地帯がある。京都大学芦生演習林である。京都大学農学部に付属する
が、国の財産では無い。ここは地元の方々の厚意により大学が演習林として借りている
山林なのである。

意外に思われる方がいるかも知れないが、この人里をそう遠く離れていない一帯には、
僅かながら月の輪熊が住んでいる。演習林というと、杉や檜がたくさん植えられていて
自然が破壊されているようなイメージがあるが、事実は逆である。むしろ民間の業者が
簡単に出入りできず、産業廃棄物の不法投棄などとも全く無縁であるが為に、原生林の
姿に極めて近い形で保存されている所が多い。学問研究のためのフィールドの広さは高
が知れたものであり、演習林のかなりの部分は人間が手を着けていない自然林である事
が多いからだ。

芦生の森を見れば、関西地方の山林の極相がどの様なものであるかがよくわかる。山に
はクヌギやブナといった広葉樹が多く、森林の生産力が人工的な針葉樹林に比べ高い。
クヌギやブナが生えていれば、その種子であるドングリをエサにする様々な動物が生息
する事ができるし、その小動物を捕食する肉食の動物も生息できるのである。

谷間の清流の周囲には山葵や山芋が自然に生えており、湧き出る自然水はこの上もなく
おいしい。その水流の下の岩影には多くの水生昆虫の幼虫がいて、それをエサにしてい
るイワナやアブラハヤもまた数が多い。自然林の保水力が強いため、川が濁ることも滅
多にない。ここは関西でも川の水をすくって飲んで美味しい数少ない地域の一つだ。
日本の森林とは、本来こういう姿をしているのだと強く思う。

普通、日本の国有林には杉や檜が数多く植えられ、それによって緑多しとしているが、
筆者に言わせればこれは緩やかな自然破壊である。杉や檜の生産力は低い。その葉を食
べる昆虫も少なく、動物達はその実を食べる事もできず、落葉してもそれを分解する微
生物が少ない。微生物を栄養源としている土壌動物も少なく、更にそれを捕食している
動物も少ない。生態系が硬直した世界なのだ。

現代の日本で、こういった自然林をなかなか守ることが出来ない理由の一つは、輸入外
材の安さにある。かつて木材も米と同じように輸入自由化に抵抗した歴史が有った。そ
して米と同じように外圧に負け、自由化され、国内の木材のコストは相対的に高くなっ
た。また建築材としての木材の需要の急速な収縮がそれに輪をかけて、日本の林業を採
算の成り立たないものにしてしまった。

山を守る人は年老い、いなくなり、国はやたらと杉を植えたが、ろくに手入れをする予
算も無く、花粉症を蔓延させた。緑は、やたらと植えれば良いというものではない。生
態系を考えた保全が必要である。しかし森林の生態系にはまだ解明されていない部分も
多く、実験しようにも森林の遷移には時間がかかりすぎて、どれが正しいのか、結論が
すぐには出ない。

結果林野庁の赤字は林業白書に拠れば3兆8千億円に達した。林野庁の予算は財政投融
資によってまかなわれている。つまりは郵便貯金である。このままでは郵便貯金は巨大
な不良債権を抱えているようなものだ。そこでこの4兆円に近い赤字の内、1兆円を事
業のリストラによる利益によって、残りの2兆8千億円を一般会計、つまり税金に肩代
わりしてもらって解消する政策が進行中である。

林業事業のリストラは、林業をますます若者に人気のない業種として敬遠させるし、一
般会計への肩代わりは、ただでさえバブルの後始末に苦しむ破綻寸前の国家財政を更に
厳しくするのは必定だ。しかし放っておけば、まだ自然林に近い形で残っている国有林
も買いたたかれてしまうに違いなく、そうなればただ杉を植えただけのほったらかしの
山林は二束三文になってしまい、ますます荒廃するだろう。

芦生のような、日本の極相林を守るためには、とりあえずお金が必要だ。そして何十年
という単位の時間的猶予も必要だ。しかしマスコミはそれを日本の危機として報じるこ
とはない。目先の景気の事ばかり話題にして、まるで一銀行の破綻によって今にも日本
が崩壊してしまうかのように大げさに書いている時もある。だが本当に日本の危機と言
えるものがあるとすれば、このような日本の山林の危機ではないのか?

杜甫は今から千年以上も前に「國破れて山河在り」と詠った。このままでは「國破れて
山河も無し」という状態になってしまわないか?
京都に月の輪熊が出没と言うのも意外な気がします。それ以上に驚く事は「緩やかな自然破壊」がいかに
行われているかと言う事です。それを、知らずか知ってか今日も計画を立案し実行しようとしている行政官がいる
と言う事ですね。子供達が生きる未来の環境を本当に考えてほしいです。「國破れて山河も無し」こんな恐ろしい未来は想像したくありませんが。)


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